外国人女性の自立と介護労働の役割-在日フィリピン人女性介護職を通して

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APFSの「移民政策と多文化コミュニティへの道のり」に寄稿した論文の内容です。私たちが、外国人介護職を何故ここまで支援しているのか、その理由が書かれています。
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外国人女性の自立と介護労働の役割-在日フィリピン人女性介護職

一般社団法人外国人介護職員支援センター代表理事 井上 文二 (2018年7月寄稿)

1.はじめに

(1)   テーマの主人公

 介護現場や病院で、日本人に混じって、フィリピン人女性たちが笑顔をふりまいて働く姿をよく見かけるという。実際、私が関係していた船橋市内のある介護施設では、職員総勢17名のうち、6名が在日フィリピン人女性といったところもあった。実に3人に一人が在日フィリピン人女性なのである。ちなみに、そのうちの2名が、私が活動している外国人向け介護福祉士国家試験対策講座の生徒でもあった。

 今回のテーマ「外国人女性の自立と介護労働の役割」では、その在日フィリピン人女性に焦点を当てた。公益社団法人国際厚生事業団作成、2017(平成29)年4月20日付け資料によると、国籍別外国人介護労働者数はフィリピンがトップであり、中国及び韓国を除けば、その他外国人介護労働者の6割以上が在日フィリピン人である。さらに、私が以前経営していた介護資格取得スクールでは、外国人受講生の9割以上がフィリピン人女性であった。そのため、外国人女性と介護労働を語るには、フィリピン人女性に焦点を当てるのが、今の日本の現状にふさわしいと考えた。

(2)   在日外国人女性の自立とは

 いきなり答えを出してしまうが、フィリピン人女性たちにとって、それは一言で言うと、「自ら希望する仕事に就いて、家族を養える」ということではないだろうか。そして、その養う家族には、遠く離れた母国にいる親族も含まれる。日本で希望する仕事に就くことによって安定した収入を得、一般市民の一員として自信を持ち、日本で同居する子どもたちだけでなく、母国で離れて暮らす親や兄弟、場合によってはわが子が、健康で幸せに暮らせるように、経済的及び心理的支援を続けられるということだろう。

(3)   フィリピン女性の希望する仕事は

 日本人に混じって働く環境の中で、最も生き生きした姿が見られるのは、おそらく介護現場だろう。私の周りでは、介護職になるのが小さいときからの夢だったと、多くのフィリピン人女性たちから聞いたことがある。そして彼女らは、介護職として働く中で、なにか自分に合った「自立」という方向に一歩でも二歩でも近づいていっているように感じるのである。

2.在日フィリピン人女性の自立

(1)   かかわってきた在日フィリピン人女性たち

 街を歩くと、いたるところで外国語が聞こえてくる。中国語や韓国語に混じって、明るい声の英語やタガログ語の会話が聞こえることも案外多い。そう、タガログ語だけでなく、英語にも流暢なフィリピン人女性の人たちである。

以前は仕事場近くの埼玉県川口市や通勤で通過していたJR小岩駅近辺に特に多いと感じていたが、今ではそれらエリアにかかわらず、どこに行っても彼女ら、明るいフィリピン人女性たちを見かけると感じる。

私が以前経営していた介護資格取得スクールでは、2007年から在日フィリピン人女性たちが当時のヘルパー2級の資格取得を目的に通ってくるようになった。きっかけは、「KAFIN」というフィリピン人団体が近くにあり、そこのVice Chairmanなるフィリピン女性の受講であった。彼女は他の日本人生徒たちにすぐに溶け込み、熱心に明るく、勉強に励み、ヘルパー2級の資格を取得した。その後、介護施設で介護職としてデビューし、KAFINの仲間たちにもヘルパー2級取得を勧め始めたのである。(「KAFIN」は日本人夫からの家庭内暴力を受けているフィリピン人女性や生活に問題のあるフィリピン人シングルマザーたちを助け合うグループ。)

やがて、2014年1月からフィリピン人女性の受講生が一挙に増え始めた。ヘルパー2級より難易度が高くなった介護の新資格「介護職員初任者研修」講座の受講である。介護職員初任者研修のフィリピン人受講生が2016年4月までの2年余りで356名にも達した。その間の受講生全体の約半分を占める勢いだった。また、外国人受講生全体は377名だったので、実にその9割以上をフィリピン人女性が占めていたのである。

(2)   在日フィリピン人女性にフォーカス

 とにかく、私が知るヘルパー資格を取得しようとする外国人のほとんどがフィリピン人女性である。もちろん、他にもブラジル、ペルー、ネパール、ミャンマー、タイ、インドネシア、ルーマニア、イギリス、アメリカ等、十数カ国からの出身者がいたが、その人数は限られていた。

介護講座開講日の自己紹介で必ず「なぜ介護の勉強をしようと思ったのか」を話してもらうが、フィリピン人女性の大方の答えは下記のいずれかであった。

「ケアギバーになるのが夢だったです」。

「おじいちゃん、おばあちゃんが大好きだからです」。

「日本に来たときに、日本人がお年寄りに冷たいと感じた。かわいそう。だから私が優しくしてあげたい」。

「フィリピンの親やおばあちゃんたちをお世話できないから、日本のおじいちゃん、おばあちゃんを自分の家族だと思ってお世話したい」。

「今の仕事は夜の仕事だから子どもたちと一緒に寝てあげられない。だから、昼の仕事に就きたい」。

「工場の給料は安い。資格を取ってもっとお金を稼ぎたい」。

「今生活保護だから、早くケアギバーになって、子どもとちゃんと生活したい」。

「トガ(卒業式のガウン)を着たいから」。

彼女らのほとんどは10年~20年前に日本人と結婚し、そこで生んだ子どもを育てていた。また正確に調査したわけではないが、かなりの人が離婚してシングルマザーで頑張っていた。日本語の会話はまったく問題ないが、漢字の読み書きが問題なくできる人はほとんどいなかった。そのため、一般日本人対象の介護資格取得講座で勉強についていくのはとても大変なことである。また、早朝まで仕事をし、仮眠1~2時間で通学してくる人、授業が終わったら駆け足で夜の仕事やその他バイトに向かう人、片道3時間近くかけて通学してくる人など、私たち日本人には想像を超える苦労をしながらも、真剣に講師の話を聞き、メモをとりながら必死に頑張る姿があった。

講座の最後に4日間の現場実習がある。不安と緊張のあまり、胃痛を訴える者もいたが、実習が終わってスクールに戻ってくるときは満面の笑顔があった。「たのしいかった。」「利用者さん、みなかわいいよ。よくしてくれてうれしいかった。わかれるとき、ないたよ。」と口を揃える。そして卒業の日、実習報告会という最後の授業のときに、こんな言葉もよく聞かれた。「しせつの人(日本人介護職)、みな暗い。利用者さんにやさしくないね。」「だから、わたし帰るといったら利用者さんが「かなしい、またきてね」と言ってくれた。」「えがおがだいじね」「だから、わたしたちが笑顔で介護してあげるの。わたしたちがんばる。」

上述のようなことは不思議と他の外国人や日本人にはあまり見られないことだった。私はここに、フィリピン人女性とは、今の日本の介護現場で一番介護職に向いている、必要とされている外国人なのではと思った次第なのである。

介護職にあこがれている

日本での生活で自立したい

高齢者をとても大事にしている

笑顔で明るい

フィリピン語(タガログ語等)に加えて、英語とボディランゲージにも長けている。

私が「外国人女性の自立と介護労働の役割」を語るに、フィリピン女性にフォーカスを当てるのはごく自然の流れである。

(3)   フィリピン人女性の一般的な評価

 ここまでは、私見によるフィリピン人女性を語ったが、では、一般的にはどのように評価されているのだろうか。インターネット上で多くの文献や記事を探して目を通したが、おおよそ以下の意見が大半を占めていた。

 お年寄りを大事にする

 陽気で明るい

フレンドリー

ホスピタリティー

英語力

 どうだろう。これからは外国人労働者にも頼らざるを得なくなると言われている日本の介護現場。そこで、フィリピン人女性は、最も介護労働に適している国民性ではないだろうか。私が個人的に思っているものと、完全に一致する評価なのである。

 ただし、課題も多い。大半のフィリピン人女性たちは、漢字の読み書きができない。ひらがなやカタカナを書けたとしても、つづりや文法の間違いが多く、意味が正確に伝わらないことも多い。そのため、介護現場で職員間の申し送りを主導したり、介護記録を書いたりする職務を任されないままの人が多いのが実情だ。また、急なシフト変更や呼び出しに白羽の矢が当たるのはフィリピン人が多いようではあるが(私の知るフィリピン人たちの言葉を借りれば)、子どもやその他家庭や個人的な理由による欠勤や遅刻が多いともよく言われている。私が介護資格取得スクールを経営していたときも、日本人に比べると同様な欠席や遅刻が多かったのも確かだ。

 前述の課題のうち、後者は日本人も五十歩百歩のところだと思って受け入れ側の対応も可能だろう。しかし、日本語の、特に漢字の読み書きが苦手だという点については、介護現場では大きなマイナス要因である。日本人もフィリピン人も、そのことは共通の理解の上、前向きな対処が望まれる。

(4)   在日フィリピン人女性にとっての「自立」とは

 第1章でも書いたが、日本在住外国人女性にとって、「自立」とはどういうことだろうか。一言で言えば、自ら希望する仕事に就いて、家族を養うことができるということに尽きると思う(フィリピン人女性の場合は、母国にいる親族も養う家族に含まれることが多い)。自国なら経済的に裕福でなくても、普通に結婚し、普通に子どもを育て、普通に仕事や家事をして、普通に親の面倒をみ、普通に暮らしているだろう。

では、日本で普通にできないもの、課題はなんだろう。以下のことが考えられる。

1)子どもの学習指導

  それは、日本語、特に漢字ができないため

2)職業の選択肢が少なく、希望する仕事に就けないこと

  それは、日本語が不自由なため、資格がないため

3)相対的に低い収入、不安定な収入

  それは、日本語が不自由でも可能なパートや派遣仕事というように、職業の選択肢が限られているため

さて、ここで彼女らが日本において、自分が育てたい方法で子どもを育て、家族を守り、

希望する職種に就き、安定した収入を得て、母国への仕送りを継続できる。そのために何が必要なのかが見えてくるのではないだろうか。

 それは、日本語の上達と、希望する職業に就くための専門資格の取得である。

3.介護現場でのフィリピン人女性の役割

(1)   今の介護現場では

 いたわり、思いやりのある介護を実践している。明るい、笑顔の介護であり、高齢利用者に喜ばれている。現場の前線に限れば、かなりの介護戦力になっていると思う。しかし、一方、言葉の壁が原因で、日本人職員による指導・育成に手間がかかり、教える側の負担につながっている。また、申し送りや記録がしっかり、正確にできないために、一人夜勤やユニットリーダーのような、少人数のリーダーを任せづらいことも多い。

(2)   今後のフィリピン人女性介護職に期待すること

 2018年秋以降にフィリピン人等の外国人技能実習生導入が本格化する。これによる現場の混乱を最小限に抑え、彼ら技能実習生の戦力化を最大限に可能にするためには、フィリピン人女性たちの力が必要になってくる。いち早く介護現場でのリーダー的存在になって、外国人技能実習生のよき世話役となり、また、日本人職員と外国人職員間のバッファーになってほしい。いや、少し大げさに言うならば、そうなってもらわなければ、日本の介護現場は破綻するかもしれない。これからの外国人スタッフのリーダー・相談役を担い、やがて押し寄せてくる外国人技能実習生の力を活かしてほしいものである。

 また、明るく、高齢者にやさしいフィリピン人女性が現場に増えることによって、高齢利用者もさらに活力を感じ、喜び、介護現場そのものも明るくなることが期待できるだろう。

(3)   フィリピン人介護職がキャリアアップするために必要なもの

 正しい日本語の習得と、介護職最高位の資格、介護福祉士国家資格を取得することに尽きると思う。

 日本語については、次のステップでスキルアップしてもらいたい。

ひらがなとカタカナのきれいな書き方を習得

小学生1-3年生の漢字と介護記録で使用する漢字を習得

介護記録の書き方の基本を習得

日本語検定のN4取得(JLPTのN4※)

JLPTのN3取得

JLPTのN2取得

 日本人からすれば、わが子を幼稚園や小学校の時から見て思うように、時間をかければ自然に日本語を習得していけるものと思ってしまうものだが、フィリピン人たちはそうはいかないものである。なぜなら、フィリピン人たちは、母国でフィリピン語(地方の人は、地元の言語と公用語のタガログ語の二つを使える必要がある。)と公用語の英語を使いこなしている。その上で、文字や文法のまったく異なる日本語を習得するのは、母国で英語を使わない、ベトナム人やインドネシア人と比べても、相当に困難なはずである。

※JLPTとは、国際交流基金と日本国際教育支援協会が運営する日本語能力試験であり、レベルは初歩的なN5から上級のN1まである。N2レベルが大学や専門学校への留学基準に相当し、N4は外国人技能実習生が日本入国前に必要とされているレベル。

 介護専門資格には、初級の「介護職員初任者研修修了資格」、最高位の「介護福祉士」と、その中間に、介護福祉士国家試験受験に必要な「実務者研修修了資格」の3つがある。

 介護職員初任者研修と実務者研修は、自治体から指定を受けた民間スクールが国の定めたカリキュラムを使って研修を行い、その研修をすべて履修し、スクール独自の修了試験に合格すれば、修了資格を得ることができる。しかし、介護福祉士資格は、国家資格であり、実務経験3年以上を経て、実務者研修を修了した上で、年1回の国家試験に見事合格しなければ得ることはできない関門である。

 介護福祉士国家試験は、2017年1月実施回から、外国人が希望すれば漢字で書かれた問題にふりがながふられた問題用紙を選択することが可能になった。しかし、それでも、全125問を日本人と同じく、220分で解答し、少なくとも60%以上の正答率に達しなければ試験に合格することができない。長文問題も含め、1問あたり2分の時間も与えられていないのは、日本語が不自由なフィリピン人女性にとっては、難関中の難関であろう。

(4)   フィリピン人女性介護職の成長を支援する仕組みが限定的

 日本の介護現場で本当に求められる能力は、排泄・入浴・食事介助といった、いわゆる身体介護、単なる看護業務の助手的な技術ではなく、多職種(介護にかかわる介護職以外の専門職)との連携による「心身の状況に応じた生活自立支援」能力である。そのためには、日本語によるコミュニケーション能力(対利用者だけでなく、対関係者とのコミュニケーションも含むため、会話力だけでなく、読み書き能力も必要)や専門知識を身につけた上で、「傾聴・受容・共感」の精神を発揮することが必要である。しかし、日本語の読み書きが不自由な彼女らにとって、これらの知識をしっかり身につけられるように配慮された研修や講座があまり存在しないという問題がある。そのため、一旦、介護職としてスタートを切ったあとのキャリアアップが難しいという問題が存在する。一人前の介護職としての自信がつき、さらに上を目指そうとするモチベーションが生まれにくい問題を私たちは認識し、対応しなければならない。

4.おわりに

フィリピン人女性介護職が、介護労働を通じて、自信をつけるステップは、次のとおりと考える。

身体介護技術を身につける。

利用者や職員の言葉を正確に理解できる。

利用者の気持ちを正確に理解でき、要望に対応できる。

申し送りや記録を正確にでき、チームの一員としての存在感を確認できる。

担当シフトの当日責任者として従事できる。

後輩を育成・指導できる。

チームリーダー・フロアリーダーを任される。

これらのキャリアアップの道、すなわち、彼女らがこのキャリアパスに乗ることができるなら、日本においての真の、彼女らの「自立」が得られるのはないだろうか。また、2025年には介護職が38万人不足するといわれる、待ったなしの介護危機を乗り越えることができる、その大きな武器となって日本に貢献してくれることとなろう。

 最後に、個人的な紹介になるが、私が代表を務める一般社団法人外国人介護職員支援センター(http://caregiverjapan.org)と、その教育部門「マリーアンドパートナーズ」が、本フィリピン人女性介護職の自立とキャリアアップの支援を展開していることを記したいと思う。

(マリーアンドパートナーズの取組み)

外国人向け介護の日本語ベーシック講座(無料)                   2016年7月~

外国人向け介護の日本語アドバンス講座(無料)                   2016年10月~

外国人向け介護福祉士試験対策講座                            2017年2月~

外国人向け介護記録の書き方勉強会(無料)                     2017年6月~

外国人向け実務者研修添削課題勉強会                        2017年8月~

外国人向け介護福祉士国家試験対策オンライン講座                  2017年12月~

外国人向け日本語検定試験対策講座(無料)                     2018年3月~

外国人向け日本語オンライン学習講座(無料)                         2018年3月~

外国人向け実務者研修添削課題オンライン指導(無料)           2018年4月~

EPA介護福祉士候補者向け介護福祉士試験対策講座              2018年6月~

外国人向け介護福祉士受験準備オンラインセミナー(無料)    2018年7月~


「無料の介護日本語教室で勉強するフィリピン人女性介護職」(20161210日、市川市八幡地域ふれあい館にて)

 

「介護福祉士試験対策を学ぶフィリピン人女性介護職たちと筆者」(201797日、市川市鬼越・鬼高地域ふれあい館にて)


※この論文コピーはPDFでダウンロードできます。

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